違うブログ

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道徳って、教えられるの?

こんばんは。道徳を身につけた作者です。

学習指導要領の改訂で、道徳が授業になるそうですね。今までは一体何だったのでしょうか

そもそも学習指導要領の改訂って多すぎませんか?正直文科省による「仕事ちゃんとやってるぜ」アピールにしか見えないんですよね、、

まあ、それはいいとして、道徳に関していくつか思うことがあります。

  

道徳を持たない教師

僕は中学、高校と、道徳を心得ていない教師に数多く会うような、惨めな人生を歩んできました。小学校の頃は鈍感だったから分かりませんが、おそらく、小学校の教員の中にも、そういう教師はいたのでしょう。

具体的な事例は挙げませんが、道徳を教える人材に対しては、疑問を抱きますよね。こんな人間が人に人の道を教えて良いのだろうか、という疑問は、常に持っておいて良いと思います。

 

ゴールが意見を黙らせる

授業とは、教員が、答え、あるいは答えへのルートを示す場です。そして道徳もその例外ではありません。教員はある程度の「結論」に誘導しようとします

僕はそれに対して抵抗を覚えました。自分の意見、あるいは大衆の意見とは違う意見が、設定された目標や結論によって黙らされてしまうからです。

実際、他人と自分の意見が違った時が、道徳の授業では一番面白いのですが、そんなことは普通はさせてもらえないですよね。

 

道徳の授業を楽しむには?

そんな茶番のような授業のどこが面白かったのか。何かがつまらなかったら、自分がその何かを面白くしてやろう。僕のスタンスです。

ということで、僕は、他の子と違うことを言って、先生を困らせるのを楽しんでいました。結論を出そうとする先生を阻もうとするわけです。

日頃の恨み晴らし、とまではいかないですが、いい感じにストレスを発散させていた気もしますね。笑

 

最後に

道徳を教えるのは非常に難しいことです。道徳に正解があるのか無いのか。意見にたどり着いた経緯は正しいのか。反論、否定はできるものなのか。

結論を出すことも授業としては大事なのでしょうけれど、サンデル教授の授業のような感じを、個人的には推したいですね。

 

それでは!