ふと思ったんだけど

言葉にすれば、何か分かるかもしれない

理系の僕が苦手な国語読解を克服した方法

こんばんは。理系の作者です。

僕は高校2年まで国語が大の苦手科目でした。自分並みに嫌いでした。そして高校2年までは、国語ができない自分を許していた部分があります。自分は帰国子女だし、理系だし、とか、いろいろ言い訳をつけて。

しかし、高校2年生の時、その考え方を捨て、国語を戦略的に克服することに成功しました。今回はその話をしましょう。

理系が国語を克服するには、どうしたら良いか?

 

国語は感覚だけで解くものではない

以前の僕の最大の勘違いは「国語の問題は感覚で解けばよい」と信じていた点にあります。

僕は「量的に問題をこなしていれば、解けるだけの感覚が勝手に身につく」と考えていました。改めて書いてみると、なんとも馬鹿馬鹿しい発想です。ディープラーニングじゃあるまいし。戦略が無いし、そもそもこれで成功すると思っていた時点で無理だったのです。

そんな僕が国語観を改めるきっかけになった出来事が2つあります。

 

転機1:古典の授業

1つは、高校の古典の授業。古典の授業では、古文の品詞分解と現代語訳を授業前の予習としてやることになっていました。

古文の中には、当然わからない単語が出てきます。それを辞書で調べると、複数の意味があったりします。どの意味がその文脈に合うのかを考えながら、現代語訳に落とし込んでいきます。授業では自分がそう解釈した説明を求められるので、根拠もきちんと用意しました。

これこそがまさに読解そのものなんだと、僕は後から気づきました。解釈を論理的に構築するという行為を、僕はそれまでやったことがなかったのです。

 

転機2:某予備校講師

某予備校講師の体験授業を某予備校に受けにいきました。正直、この先生、そんなにもてはやされるほどか?という印象でした。

ただ、先生が理系の出身であること、そして解説をそれなりに理解できたことが、僕に自信をくれました。国語は理系脳の論理的思考で解けるかもしれない、という自信です。

こうした2つの経験から、僕は国語に関する考え方を改めました。

 

国語にも「導出過程」はある

数学や物理の良いところは、回答に至るまでの明確な道筋があるということです。しかしこうした性質は、決して国語に無いわけではないのです。正解がある以上、そこに至るまでの正しい過程が確実に存在します

理系の人間であれば、数学や物理でその過程を理解することはさほど苦ではないはず。それに費やす努力を、国語でも同じように費やせばいいんです。

それに気づくのが、僕の場合、あまりに遅かった。ですが、ここからの挽回はなかなか速かったと自負しています。

 

僕の戦略

これらの経験を踏まえて僕が立てた国語戦略は、簡単に言うとこれです。

「自分を説得できるまでひたすら論理を詰める」

問題を解いて答えが違った時は、解説を読み、自分の答えがなぜ間違っているのか、その理由を徹底的に検証しました。

納得できなかった場合は、国語の先生のもとに問題を持っていき、解説をお願いしました。先生にアクセスできない時は、周りの大人を捕まえました。ともかく、自分の回答が間違いであることを、自分自身に認めさせる努力をしたのです。

問題集の選び方も一新しました。国語の問題集は解説が一番大事、とよく言われていましたが、正直何も考えていませんでした。その基準を新設しました。基準は「自分がその解説と十分に議論できそうか」です。

国語読解は自分を説得する作業です。その説得力が解説の文章にあるのかどうか、というところを見て、問題集を選んでいました。

 

理系なら仮説に囚われるな

理系脳の最大の武器は論理的思考力、そしてそれを突き詰める能力です。一見するとこの能力は、小説や随筆が求める「感性」とは異なるもののように思えます。

しかし、感性は人によって異なります。そんな不確かな感性を磨くより、理系脳を本気で駆使し、論理で国語読解を押し切る方を僕は選びました。その方が確実に正解に近づけます。

何れにしても、まずは「理系だから国語ができない」という未証明の仮説に囚われないことが大事です。「理系的アプローチで国語を乗り切ることができるかもしれない」という仮説に切り替えましょう。僕はその証明に成功したと思います。

この記事を読んだ皆さんも、その証明に全力で取り組んでみてください。きっと自分を驚かすことができます!

 

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それでは!