ふと思ったんだけど

言葉にすれば、何か分かるかもしれない

ブロガーは感情的か?

こんばんは。感情的な作者です。冗談ですよ(真顔)

ブロガーは感情的なのでは?

 

ブログは感情的でないと書けない説

ブログを一定期間続けられている人であれば、基本的にブログのネタが尽きることはありません。一定期間続ければ、僕のように書かずにはいられない体質になるか、継続的に書くためのテクニックを会得するからです。そうなってしまえば、僕のように、ある程度ネタをストックしておくことも可能になります。

そこで浮上するのが「どのネタから記事にするか問題」です。書けるネタはあっても、それを「今」「この瞬間に」書きたいと思うかは、また別の問題です。

「この記事を先に書きたい」という価値観は、その日の身の回りの出来事、そして、それらに伴う自分の感情で規定されます。記事の執筆を最終的に触発するのは、あくまでもそういう感情だと思うのです。

 

一見冷静に見えるブログでも

論理的で、冷静で、充実した内容の記事を書いているブロガーも数多くいます。僕もそういう部類に入るのかな?入っていたいけど。ともかく、そうした人たちは、一見感情的ではないように映ります。

しかし、ブログに費やされているような思考や論理をそのまま現実世界で運用するような人間は、「理屈っぽい」「面倒臭い」と敬遠されるでしょう。ということは、彼らは普段は「思っても口に出さない」を実践していることになります。

そんな人は「表には出さないけど感情的な人たち」だと僕は思いますね。僕もそうです。

 

批判と攻撃は違う

建築学科では「現代建築の行き詰まり」が叫ばれ、学生も、現代建築の行き詰まり解消のための批判的な作品を提案しようと尽力します。

ここで大事なのは、その提案が「かたち」になっていることです。かたちになって初めて、僕たちの主張が「答え」として成立するのです。

ブログを読んでいると頻繁に攻撃的な記事に出会います。はてなブログのトップページを見ていても、常に一定の割合が攻撃的な記事を書いているように感じます。

ただ、その中身を見て頻繁に思うのは、「批判と攻撃は違う」ということ。何が違うかというと、批判は生産的ですが、攻撃は非生産的である点です。そして批判するには、批判する権利が必要です。批判対象の事象に対し、それを超える代替案を示す能力がある人のみが、批判する権利を有しています

攻撃的ないし批判的な記事を書くことは、PV集めには有効かもしれませんが、あなたや私にその権利はあるのか?ということを、記事を書く前に改めて問いたいものです。

 

こんな批判もどうぞ

sourceone.hatenablog.com

sourceone.hatenablog.com

それでは!