ふと思ったんだけど

言葉にすれば、何か分かるかもしれない

「平成最後の夏」はなぜもてはやされるのか?

こんばんは。今週のお題「#平成最後の夏」。その夏も終わりに近づいた時代を生きる作者です。

皆さんはこの「平成最後の夏」という言葉についてどう思いますか?「平成最後の夏もただの夏」「ただ言いたいだけだ」。そう棄却される方も多いかと思います。ただ、僕はこれは結構深い概念なのではないかと、遅れ馳せながら思い始めたのです。

平成最後の夏は、なぜ特別なのか?

 

夏を特別にしたがる傾向

僕は民放のドラマは全然みないので何とも言えないですが、少なくともアニメに関しては、夏が舞台のストーリーが割合として多い気がします。浴衣イベント、水着イベント、文化祭イベント。アニメで描かれる夏はどれも極めて非現実的な夏ですが、ともかく夏だと設定を入れやすいのはよく分かります。みんな暇だしね。

その一方で、暑は夏いです。個人的には体温より高い気温は許容できません。夏という季節のデメリットを乗り越えるだけのブランドイメージが夏には必要なのだと思います。アニメの夏における美化も、平成最後の夏という概念も、そういうブランドイメージのために生み出されたのではないか?

つまり、別に平成が終わるからといって、全てのリア充な夏が終わるわけではないのですよ。畜生め。

 

今日が最後だと思って生きる

Steve Jobsの言葉で「もし今日が人生最後の日だったら、と自分に問うようにしている」というのがありました。そうすることで自分を駆り立てていたようです。本人の身体が癌に蝕まれていたことを考えれば、とても説得力のある言葉です。

平成最後の夏というのも、そういう文脈で使われているのかもしれません。

ただ、そもそも個人的にこの「人生あと一日説」は好きになれないのです。というか僕にとってはこの思考法は意味がないのです。仮に今日が最後の日だとしても、僕はそれはフェイクニュースだと言い張って精一杯ちっぽけな日常を送ります。

 

退位を認める新しい時代の祝福

平成が最後ということは、今上陛下がご存命中に退位されるということです。

今までなら「元号最後の夏」を祝福することなどあり得ませんでした。なぜなら、元号の終わりは前の天皇崩御を意味していたからです。国葬です。国民全員が喪に服す時です。

本来ならそういう暗澹とした雰囲気になるはずが、平成最後の夏という言葉からはそうした雰囲気は一切醸し出されていません。これは確かに、歴史的な夏イベントと言うべきかもしれませんね。

 

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それでは!