違うブログ

答えを出しながら、変わっていく。

ブログとうんちって似てない?

こんばんは。ロダンの「考える男」の下に洋式便器を取り付けたい衝動に駆られる作者です。あるいは便器じゃなくてデュシャンの泉を付ければ、ウォッシュレットになるんですかね。まあいいや。

以前、企画で関わったことのあるブロガーの方が、以下のような名言(迷言?)を残されていました。

ブログを読まれることは自分の肛門を見られているのに等しい 

theomikoshis.hatenablog.com

ブログの購読者の方は、この肛門を見てナニが出て来るのを待っていることになるわけですね。今日はそんな話です。

ブログとうんちって、似てない

 

記事は排泄物

ブログ記事は「切り離された自分」だと思っています。ブログって、自分でないようで、自分なんですよね。

で、僕は思ったんですよ。それってまさにうんちじゃないか、と。

 

生まれて初めて倒置法が決まって気持ちいいので余韻を残して次行きます。

 

 

 

(余韻)

 

 

 

一度出したら吟味しない

皆さんは、自分のうんちを顧みますか?僕はちゃんとうんちと対話する派です。「お、今朝の納豆だ。無事だったかお前!よく頑張った!」みたいな。※よく噛んでないだけ

まあ、そんな人は多くはないことは想像に難くないですが、これもまたブログ記事に似ているのではないでしょうか。自分が書いた記事を顧みることって、普通はあんまりないと思うんですよね。投下して終わり。

僕は読者の方のエンターテイメントのために、自分の記事の最後に他の記事へのリンク貼ってますから、ついでに「あ、こんな記事書いたな」みたいなノスタルジーに浸ってます。ちゃんと自分のうんちに向き合ってますね。笑

 

色々なうんち

茶色いもの、細かいもの、長いもの、黄色いもの、硬いもの、流動性が高いもの。うんちにも色々な個性がありますし、日々その様相は移り変わっていきます

ブログも同じです。毎日毎日微妙に何かが変わっていくからこそ読んでいて面白いと思うんです。

逆に「運営」されているブログって凄いですよね。毎日、決まった大きさの同じ色のうんちをしている訳です。めちゃくちゃ健康管理が行き届いているとしか言いようがない。僕みたいなヨレヨレのうんちとは格が違いますよね。

 

この後、「ブログという文字を全てうんちに置き換えても文として成立するんじゃないか説」を打ち立てていくつか自分の記事で試してみたのですが、だめでした。読むという動詞が後に続くと無理ですね笑

 

皆さんは「ブログ=うんち仮説」についてどう思います?笑

 

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それでは!