ふと思ったんだけど

言葉にすれば、何か分かるかもしれない

あらゆる発言が嘘だと仮定してみる

こんばんは。どこかの誰かです。

タイトルの通り、今回は、あらゆる発言が嘘だと仮定する思考実験について書いていこうと思います。

 

と、その前に、少し前置きを。

ブログを巡回している中で、こんな記事に会いました。

ponnsuke.hatenablog.com

この中でポン助さんはこう書かれています。

世間には、エビデンスのない「ふわっとした」不確かなものが、思いのほか身近に転がっているものだ。それがネットから第三者からの発信であれば冷静に対応できる。けれども、身近な「パートナー」や「親」「義理の両親」「親戚」から、そんな「ふわっとした」ものがもたらされたら・・・・・・距離をとる以外の方法で、キッパリをと断って、論理的に説明し、論破することができるだろうか

「インターネット上の情報は信用できない」というフレーズ、一度は聞いたことがあると思います。ですがこれには疑問が付きまといます。ある情報が、インターネット上に掲載されていた場合と、近所のおばさんから直接聞いた場合とで、信憑性に差があるのか?

答えはノーです。インターネットだからと言って信頼できない訳ではないし、リアルのおばさんだからと言って信頼できる訳でもない。

論理的にはそうなのですが、僕はポン助さんの言う「身近な存在だとなんか違う」という感覚にも共感します。

僕はそれは会話があるか否かの違いかもしれないと思っています。会話の大原則は相手を尊重することです。会話において相手を否定することは大原則を破りかねない危険な行為とも捉えられます。特に相手が身近な存在であればあるほど人間関係に関わってきます。信憑性の問題よりも、そちらの方が優先されてしまうのかもしれません。

 

もう1つ考えさせられたのは、情報のソースの如何の問題よりもっと一般的な話、つまり「ソースに拘らず入ってくる情報全般を疑うか」という問題についてです。

そこで1つの思考実験をしました。皆さんにも是非やって欲しいのですが、「地球上のあらゆる発言が嘘である」と仮定してみるのです。結婚しました!というツイート、大学合格しました!というブログ記事、昨日飲み会でやらかしたという同期のノロケ話、その全てが嘘、ただの作り話だと、何の根拠もなく決めてかかってみるのです。

 

この思考実験をやると、まず世の中がとても虚しいものに見えてきます。全ては自分の幻想である…本当のものなんて、何1つ存在しないんだ…という、どこだか覚えていないけどどこかで聞いたことがあるような価値観に遭遇します。

そしてそれとは別に、いかに多くの事柄が「嘘か否か」という検証を経ずに頭に入ってくるかを認識させられます。結婚ツイート、大学合格ブログ記事、同期のノロケ話を挙げましたが、少なくとも僕は日常でこれを疑うことをしませんでした。もっと言えば「別に嘘でもよくね?」と思っていました。「別に嘘でもいいわ」と思えてしまう情報、嘘であることを許された情報が、身の回りに大量に溢れているのです。僕らはその中で溺れていると言ってもいい。これは由々しき事態です。

 

この思考実験はかなり新鮮な感覚をくれましたし、まだ完全に消化できていません。もし読者の中に実際にやってみた方がいたらぜひコメントください。感想を聞いてみたいです!

 

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