ふと思ったんだけど

言葉にすれば、何か分かるかもしれない

ブログを他人に見られる意味って、何だろうか?

こんばんは。読者です。僕は他の方のブログを読むのも結構好きです。コメント欄の通り魔を自称しています。

ここのところ、自分のブログを他人に見てもらうことに意味はあるのか、と考えていました。その答えが出たので、本ブログの読者の皆さんと共有しようと思います。

見られる意味って、何だろうか

 

見られないブログを書いてみた

ブログを見られることにどんな意味があるのか?それを吟味する目的も兼ねて、非公開のブログを書いてみました。その時の決意表明の記事はこれ。

sourceone.hatenablog.com

分岐させたブログで書いていたのは、主に僕の悩みとか僕の価値観。自己分析と日記の混合物でした。

当然ですが、閲覧数は皆無。自分で振り返るものであるはずが、結局、顧みることもなく、半月ほどで閉鎖しました。今はそういう内容は紙のノートに書き、一部はこのブログに投稿しています。結果だけ見れば、非公開ブログは公開ブログに吸収された、ということです。

見られることには何か意味がある。何かは判らないけど、とりあえず、何か意味がある。僕はこの時そう確信しました。

 

スターも消してみた

新しい読者の方はご存知でないかもしれませんが、一時期、スターを消していました。スターを復活させた時に書いたのがこれです。

sourceone.hatenablog.com

懐かしい。今年の3月か、まだ学部生じゃん笑

この時、スターを戻すきっかけになったのが、ある読者さんのコメントでした。スターを押せなくなって寂しい、というコメントを頂いたのです。そこでハッと我に返りました。そうか、リアクションをすること、そしてそれを貰うことって、楽しいことなんだ

 

思考の触媒としての読者

これらをやってみて僕が到達した結論は、僕にとって「読者の存在を実感すること」が重要だということです。押されるスター、寄せられるコメント、あるいはブックマーク、それらを通して、僕は自分が見られていることを実感します。そして、その人たちを意識し、ブログを分かりやすくしようと努力する。それが結果的に僕の思考整理にも役立ちます。win-winです。

 

多く閲覧されることの意味

スマートニュースにピックアップされて、一日に何千という訪問者が押し寄せてきたことがあります。正直、意味がわからなかった。考えてみてください。何千という人を前に、僕が非科学的な持論を引っ提げて突っ立っている。リアリティーが無いにも程があります。

PVの数字には基本的にリアリティーがありません。ですが、読者が多いことには確実に意味があります。読者の母数が多ければ多いほど、リアクションをしてくれる読者が増えます。読者を感じられる頻度が増えるのです。だから僕は、購読というシステムが好きです。

 

このブログがいつまで続くかは分かりません。書けなくなりそうになったことはもう既に何十回もあります。でも、それを乗り越えたことも何十回とあります。見通しが立ちません。

書くことは楽しい。リアクションをもらうのも楽しい。それが変わることはないはず。ただそれを信じて書いていくのみですね。

 

それでは!