ふと思ったんだけど

言葉にすれば、何か分かるかもしれない

価値がないものを捨てることに価値はない

こんばんは。掃除好きな作者です。

バイト先や家でそろそろ大掃除が行われます。僕は掃除が好きで積極的に参加するのですが、そういう状況下で掃除をしている時、自分はとても無意味な掃除をさせられていると感じることがあります。今回はそんな話です。

 

掃除とは断捨離の捨

掃除というと、どんな作業を連想しますか?掃除機をかける、雑巾をかける、ゴミをだす。基本的に掃除とは、不要なものを効率的に集めて捨てることを指すと思います。掃除機にしても雑巾にしてもゴミ袋にしても、ゴミを一箇所に集めて効率的に運搬するための手段です。

ですが、これは必ずしも根本的な“掃除”ではありません。

例えば、要らない書類が大量に保管されているのが発見されたとしましょう。それらを縛って棄てることには、本来的には価値はありません。価値がないものを捨てることには価値はない。当たり前です。

ですが、それを普段僕らは「掃除」と呼んで、何かやった気になる。何ならそれを「断捨離」と呼ぶ人もいるわけです。

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将来的なことを考えるなら、あとで不要になるような紙が保管されてしまうようなシステム自体を見直すべきだ。そう思いますよね。

 

長期的視点と意識革命

断捨離には「捨」以外に「断」と「離」があります。断とは入ってくるものを少なくすること、離とはモノへの執着を捨て、不要なものが溜まらない仕組みを作ることだと僕は思っています。

掃除は捨に該当しますが、難しいのは、どちらかというと断と離の方だと思う。捨は一時的かつ作業的ですが、断と離に関しては、長期的な視点と当事者の意識革命が必要です。

僕が一番苦戦しているのは離の部分。箪笥の中などの衣類をうまく整理できていないため、捨てられる服をちゃんと把握できず、服がたまりがちです。大掃除に合わせて服を処分したところで、何か仕組みを変えなくては来年もまた同じことを繰り返す。どうせ掃除をするなら、そこまで根本的にやりたい。

断捨離を語るなら、ぜひ、そういうところまで滲み渡る有意義なコンテンツにして欲しいものです。僕にはまだ書けないから。

 

こんな捨もどうぞ

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それでは!