ふと思ったんだけど

言葉にすれば、何か分かるかもしれない

会話と自尊心

こんばんは。誇り高き作者です。

最近、コミュ力に関する本を読み漁っているのですが、今回はそれらについて思ったことを書いていきます。

 

会話と自尊心

初対面の人としばしご歓談下さいってのは、僕にとってはハードルが高い。一方で、就職活動ではそれなりの歓談力が要る。できる対策は全部やろう、ということで、その対策の一環として本を読み漁っています。

その手の本を開くと、共通してこんなことが書いてあります。

会話では、相手の自尊心を傷つけないことが求められる。そうすることによって相手をいい気持ちにさせる

僕はこのブログの通り、物事をズカズカ斬るタイプです。相手の自尊心については、まあまあ配慮してきたつもりはありますが、言われてみればできていない部分もあるかもしれないなと。

 

では、自分の自尊心はどうなのか

相手の自尊心を尊重する。必要だと思います。だけど、自分の自尊心はどうなのか?そっちはどうでもいいのだろうか?

例えば僕は、恋愛観に関してはかなり自尊心を持っています。周りの学生の恋愛の90%はしょうもないと思っています。恋愛観を彼らが語り始めたら、僕は頷きながら聞きますが、内心はクズだなと嘲笑している。

聞くだけなら僕の自尊心は寧ろ強化されるのですが、彼らが僕の恋愛観を否定しにくると、僕は反撃します。僕の自尊心を否定しにきた相手に対しては、相手の自尊心を否定し返して中和します。まあ、あまり好意的に受け取られないことは目に見えていますが。笑

会話を戦略的に捉えるなら、他人の自尊心は尊重すべき。でもそうである限り、会話は半永久的に双方向的にならない。なぜなら僕の自尊心が他人に認められることがないから。

結局僕は、相手のことばかり考えているのか、自分のことばかり考えているのか、よく分からない。