ふと思ったんだけど

言葉にすれば、何か分かるかもしれない

及ばない距離

こんばんは。ギリギリ滑り込み投稿の作者です。

ある有名な彫刻家の展覧会に行ったときの話です。ふと思い出したので、書いてみます。

 

蜃気楼的彫刻

どの彫刻家とは言わないけど、その彫刻家は針金のような細い人の彫刻で有名です。人の彫刻のサイズは様々で、等身大のものから人の爪くらいの大きさのものまで幅広い。

これは完全に個人的な解釈だけど、蜃気楼とか逃げ水でぼやけた遠方の人間の像を強制的に近くまで引き寄せてくると、ああいう感じになるんじゃないか、と思っています。

僕たち鑑賞者は、何かを期待して他人に近づく。されど相手は蜃気楼のような曖昧な存在で、どんなに近づいても、永遠に触れることができない。そんな人間関係の曖昧さを彼は捉えようとしたのではないか、と、僕は解釈しています。

 

作品との距離感

さて、大規模な展覧会には大抵写真撮影OKゾーンがあります。それ目当てで展覧会を訪ねる人もいるでしょう。作品の脇でピースするために、彼らはその展覧会にやって来るのです。

その特定の展覧会のその撮影コーナーには、高さ3mくらいの大きな彫刻が置かれていました。確か彫刻家自身による作品ではなく、等倍で巨大化させたものだったと思う。

カメラの視角は有限なので、その大きな彫刻を画像に収めるためには、彫刻から一定の距離を取る必要がある。彫刻のそばに“被写体”となる人物が立ち、そしてそれらから離れたところに、撮影者群が三日月状に待機する。彫刻の周りに見事に空白が発生するのです。そしてその空白の横断を許されるのは“被写体”の資格を得た者だけ。まるで結界のよう。

何となく、その空間をぶっ壊したくなりました。でもさすがに真正面からその結界をぶち破るのは気が引けたので、彫刻の後ろに回り込む。結界が薄く、簡単に彫刻に接近できました。

巨大な彫刻と近距離で対峙。永遠に辿り着けない、彫刻、他人との距離感。そして背後から「早くどけ」という風に視線で圧をかけてくる撮影者群。

何というか、色々な距離感を味わうことができました。

 

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それでは!