ふと思ったんだけど

言葉にすれば、何か分かるかもしれない

下り坂のQOL

こんばんは。どこかの誰かです。

今回は、この前書いた家事の記事に言及しつつ、自分の生活の質について考えてみます。

 

生活の質をよくわからない曖昧なものとして棄却してきました。これを機に、生活の質が良いと言えるための条件について少し掘り下げようと思います。

  • 十分に運動できる
  • 十分に専門に関する知識を吸収できる
  • 十分に読書できる
  • 十分に音楽できる
  • 十分に素材に拘って料理できる

もちろんこれ以外にもたくさんあるけど、まずはこのあたりがクリティカルな条件だなと。現状の生活はこれらを満たすことができていて、僕は自分の生活の質は最高レベルだと思っています。

 

こちらの記事で、共働きで家事を両立させる想像ができないという話をしました。この記事に対するコメントで、泉杏さんから、僕は専業主婦レベルの家事を追求している、というご指摘を頂きました。

sourceone.hatenablog.com

自分は自分の生まれ育った家庭とは異なる家庭像を描かなくてはならないのに、家事に関しては同じレベルのものを追求するのでは、整合性が取れていません。自分はもう少し柔軟に考えていく必要があるなと気づきました。ありがとうございます。

ですが、僕の生活の質は現状が最高値だと思っています。僕が完全に自力での生活に移行した場合、生活の質の低下は不可避です。僕は、幸福の減少には敏感、幸福の増加には鈍感なので、これはあまりよろしくない事態です。

 

もう1つ問題があります。

僕は、運動・読書・音楽などの自分の趣味には無理に理由を設けないことにしています。そしてそれには危険があります。理由がないので「やめよう!」ってなった時に強く抵抗できないんですよね。

sourceone.hatenablog.com

幸福度との関係で捉えても、趣味をやることによる幸福度の増加はあまり感じられない反面、趣味をやらないことによる幸福度の低下は甚だしいです。 

生活のモードが現状から推移した時点で、生活の質は自然に下がってしまうと思っています。しかもそれによって趣味に時間が割けなくなると、幸福度の低下に拍車がかかります。

なので、自力での生活に移行したとしても、現状と同等レベルの家事に拘り続けたいという思いがあります。現実的ではないかもしれないけど、そういう風に期待値を高めにしていかないと、ヤバい気がするんです。

 

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