ふと思ったんだけど

言葉にすれば、何か分かるかもしれない

炎上による社会のアップデート

こんばんは。炎上せずに一生を終えたい作者です。

炎上は「個人の感覚と集団の感覚が衝突した時に発生する現象」という印象が強いですが、最近、それは違うんじゃないかと思うようになってきました。

 

異論を唱える人々が炎上を起こす

例えば、あるツイートが炎上する事態を想定します。そのツイートを発した人物に対し、色々な人が異を唱え、的を得ているかどうかは別として、間違いを指摘する。火種に対し、反対派が熱量と酸素を大量に供給する。これが炎上の図式だと思っています。

炎上とは言いますが、実際は元ネタへの反対勢力が盛り上がる小火のようなものだと考えていいと思います。ただ、その爆発的な拡大力ゆえに、炎上と呼ばれるのではないか、と。

 

では、火種に共感する場合は?

ある炎上案件の存在を知って「なぜそれが炎上するの?」と疑問に思うことはありませんか?僕は時折そういうことがあります。

では、そういうツイートを見たときに「何が問題なの?」とツイートしますか?僕はしません。自分がバカに見えるリスクがあるからです。

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炎上した側に共感しても、それを表に出したりはしない。少なくともそれが僕の炎上との付き合い方です。元のツイートに同情するツイートは、炎上という抑止力、あるいは社会の良識で封じ込められているように見えますが、実際には多数の同調意見が発生し、影でこうして処理されているのだと思います。

そう考えると、炎上という現象は尚更一面的ですよね。

 

いずれにしても、炎上という現象によって社会の規範が問われて、一部の個人の感覚が炎上の影で矯正されていく。そういう社会全体に対するアップデート効果が炎上にはあるのではないでしょうか。

 

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それでは!