ふと思ったんだけど

言葉にすれば、何か分かるかもしれない

飲み会を楽しめない僕は人間として劣っている

こんばんは、どこかの誰かです。

購読ブログの新着エントリーの中で、こちらの記事に目が留まりました。

www.uykiet.work

今から性格が悪いことを言います。こういうこと書けるのって、結局飲める人なんだよな…と、独り言を呟かせて頂きたい。

こちらの記事を読んで気分を害した訳ではありません。僕の思考も相当ひねくれているので心中を察してもらえるとは思いません。新しい時代にもなったので、いい加減僕のアルコール関係の悩みに決着をつけたいという思いから、今回やや感情的な記事をブッ込んでおきます。

 

僕は酒を飲めません。そういう体質です。自分は現在、それに配慮し飲み会での僕の金銭的負担を減らしてくれる友人に恵まれています。非常に有難いことです。ただ、やはり全員がそうというわけにはいきませんし、配慮してくれないその人を批判しようとも思いません。むしろ社会一般的には僕は配慮されないものと考えるべきです。

問題は僕の周りの人間ではなく僕の中にあります。アルコールを摂取できないし、飲み会のテンションも当然楽しみづらい。ならば参加するのをやめればいい、とおっしゃる方もいるでしょう。上の記事へのはてブコメントでもその主旨のものが数多く見られました。でもそうじゃないんです。僕は飲み会を克服したい。アルコールを摂取できなくても飲み会を楽しめる術を身に付けたい。なぜか?根本的な劣等意識があるからです。飲み会という空間を楽しめない自分は人間として劣っていると感じる。これをどうにかしなくてはならないんです。大げさにいえば僕の人生に対する満足度に関わるのです。

僕は、アルコールに影響された空間を物理的に楽しめない一方、そういった空間を楽しめるようになりたいという矛盾を抱えています。なので、僕への配慮に対する僕の反応にも矛盾が生じます。確かに会計に配慮してもらえると財布的には有難いですが、それを甘んじて受け入れることはすなわち敗北を認めることです。「(酒を)楽しめない分」会計の額は少なくていいよ、と、彼らは言ってくれる。その配慮を受け入れることはつまり、僕が周りの人と比べて楽しめていないことを自認することです。

楽しめていない。でもそれを認めるのが嫌だ。これが僕の劣等意識です。ああ、本当めんどくさいよね。メンがヘラってるよね。自分でも分かってるよ。

 

新快速さんの記事に反応したのは、この劣等意識と考えています。酒を楽しむ事ができない自分は劣位、楽しむ事ができる彼は優位。人間として優位である彼が「飲み会なんて無駄だ」と言っている…僕がこの劣等意識を克服した先にある“素晴らしい世界”のことを「面倒」「楽しくない」と言っている。そんなの認められる訳がない。他人の機嫌取れるならいいじゃん。頼むから楽しんでいてくれよ。飲み会最高って言い続けてくれよ。僕の生きがいを奪ってんじゃねぇよ...

と、まあ、実に身勝手なことを延々と考える訳です。この沼に何度ハマってきたことか...平成のうちに決着つけたかったんだけどね。哀しい。

 

そういえばこんな記事を書いたことがありました。もう一年以上前か。

sourceone.hatenablog.com

飲み会を楽しめない代わりに、飲み会の上位互換を見つけなくてはならない、と、この中では書いています。そうすることによって劣等意識をなくす事ができるはずだと。

これを書いた当時と今の自分を比較して、いくつか変わった点がありますが、少なくとも当時と比べて飲み会に対する苦手意識は格段に下がったのは事実です。飲まずして楽しめるようになってきた。ここまで書いたようにかなり深い闇を抱えてはいますが、そもそもそこまで大きな問題でもなくなってきました。一部感情的な文もありますがこの通りなので、新快速さんを批判するつもりは毛頭ないということを、最後に明確にしておこうと思います。

 

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