カチカチ様【1/2】
なんでこんなことになった。なぜか俺一人だけ重い薪を背負わされ、岩肌が露わな急峻な山道を登らされている。兎は何も背負わずに軽い足取りで先を歩いていく。俺は洗脳されたのか?一体兎に何を言われたんだ。思い出せ。
老婆の味噌汁を老人が飲み干したのを見、物陰でほくそ笑んでいたところ、急に意識が飛んだ。目覚めた時には俺は手足を縛られ、身体を家の柱に拘束されていた。目の前には小さな焚き火が皮肉のように優しく燃えていた。
もがいていると兎が現れた。手には大きな斧を持っていた。そして俺にこう告げた。君をこれからどうしてやろうかと、村の長老と相談した。君には選択肢がある。薪を山頂まで運ぶか、それを断るかだ。それを断るとどうなるか、という野暮な質問は、兎が手にしていた大きな斧によって黙殺された。
まあでも、洗脳ではなく、脅迫だったのである。山を登る俺はほっとした。しかしその安堵は束の間のものだった。その後の会話が少しずつ、戻ってきたからである。
君にはカチカチ山に登ってもらう、と兎は言った。なんだそのふざけた名前の山は、と俺は反抗的に嗤った。すると兎の表情が豹変した。それも、俺が挑発で意図した怒りが溢れた表情ではなく、自動プログラムが作動したかのような没感情的な白い顔に変わったのである。カチカチ山には神がいる、と兎はその顔で云った。カチカチ様という神がいる。俺は兎の表情の変化に少し萎縮しつつもまた嗤った。そんな馬鹿げた名前の神では、信仰する者などいないだろう。その嗤いが少し弱くなったことに、俺自身がビビってしまった。
兎は表情一つ変えずに黙った。俺の弱い嗤いが時間に溶けてなくなるまで黙った。そして不意に地面に跪き、天を仰いで叫んだ。なんと哀れな生き物だ…ああ、カチカチ様、この哀れな生き物を赦したまえ。我々を赦したまえ!
さすがの俺も嗤う気力を損なわれた。腕を広げて天を仰いでいた兎はしばらくそのまま静止していたが、やがて立ち上がり、萎縮した俺の顔面に相変わらずの白い顔を突きつけた。君は哀れだ。余りにも無知で可哀想だ。カチカチ様は哀れな君の啓蒙を望んでおられる。君に、カチカチ様の話をしよう。
今週のお題「おじいちゃん・おばあちゃん」
なんつって。