ふと思ったんだけど

言葉にすれば、何か分かるかもしれない

乱数生成1

昼休憩である。

ITユーチューバーの動画を見ていたLの画面に、最適化されたオンラインサロンの広告が流れてきた。普段ならすかさずスキップするLだが、なぜかその日は見てしまった。自由な時間もコントロールできる収入もない?このコースを受講すれば、理想的なライフスタイルが手に入る!バカらしい。とは思いつつ、それらが自分の願望と呼応する部分もまた否定できない。

Lの籍をおくITの会社は仕事のスタイルも比較的自由で年収も決して悪くない。現在は絶賛テレワーク中で、通勤の電車に揉まれなくて済むのは精神的にも衛生的にもありがたい。一方で、年収に比例して仕事の拘束時間も長く、何のために金を稼いでいるのか分からなくなることも多々あった。広告はそこに光を当ててしまった。

広告の中の彼らは新しい幸せのイメージを打ち出しているようだが、実際は大して新しくもない。少ない時間でなるべく大きな金を稼ぎ、そのお金を遊びにまわす...そう言い換えてしまえば従来の幸せのイメージと大して変わらない。だから俺にはこれは必要ないものだ。軌道修正は必要ない。Lはそう自分にそう言い聞かせ、広告をスキップする。

幸せのかたちは多様化している。Lにとってはそれが少しきつかった。これまでは社会全体にぼんやりと共有された幸せのイメージがあった。今も息づいているものも多い。しかし、インターネットの普及により個人がクローズアップされるようになったせいで、「自分と感覚がめちゃくちゃ合う個人」という超具体的な幸せのイメージを知ることができてしまう。その個人の人生を再現することと自分の幸せが同化するが、他人の人生の完全再現などできるわけがない。どう同化しようと頑張ったところで、結果は常に「失敗」なのだ。最初からそうプログラムされている。Lにはそれが受け入れられなかった。

職場、という名の自室に戻ったLは、二週間かけて作成してきたシミュレーションプログラムが正常に動いているのを確かめた。そう、これがいい。そのバグまで愛せるようになったプログラム。俺と同じように、まだ修正の余地はあるが、それなりに自動で走っている。その間、俺は何も考えなくていい。何も持っていない者が何者かになり、かつ、その虚無感に押し潰されないためには、何も考えず、目の前のことをなるべく早く終わらせることに集中するほかない。三年前に就職してからLはずっと自分にそう言い聞かせてきた。失敗の約束された可能性は全て消去してきた。そしてそれはこれからも変わらない。変えてはならない。Lは動画の再生履歴を消去した。 

  

sourceone.hatenablog.com