違うブログ

どこかの誰かが書いたやつとは違うブログのこと

三年経ったみたいです。

どうも、優しそうな人、どこかの誰かです。ブログ始めて三年経ったみたいです。三年前って二人以上で会食してた頃じゃないですか!時が経つのは早いものですな。先に言っときますがまだ続けますよ。

それにしても、二年、三年前の自分が書いた記事、データは残っているのですが、今読んでも書く理由、書く必要がどこにあったのか理解できない。何がしたかったのか、全然よ全然。書けるうちに書いといた方がいいのか、だからこそ書かない方がいいのか?

去年一年間は他の方のブログ企画に色々と参加させてもらってました。家にいてやることがねえ、今こそブログだ!みたいなノリがあったと思います。が、醒めるのも早かった、というのが正直な振り返りです。自分のものを含め、更新頻度が落ちたブログをいくつも知っています。今こそブログなんですよ。なのに何かうまくいかないっすよね。原因考察済みの方、弊ブログの賢明な読者の方の中にいますよね。意見交換しましょうよ。僕のセオリー。

①プライベートなところにはネット越しには踏み込めない、名出し顔出しの壁。それゆえにブログの限界性が強化され、日に日に書きづらくなる。

②対面での会話に対する執着を捨てられておらず、ネット上でのコミュニケーションでは寂しさが強化される。元カノに対する未練を引きずってる感じ。

「購読させてもらっている」っていい表現だなとふと思いました。読ませてもらっている感覚って、140文字で誰でも呟ける世界だとあまり湧いてこないじゃないですか。一国の大統領でさえテキトーなこと言ってる世界ですからね。日本にカッケー政治家っていねーの?って思うのは僕だけっすかね??いたら面白いんだけどなぁ。まあでも仮定の話はできない(らしい)。

ともかく、次の一年間は、色々な方のブログを読ませてもらっているということに感謝しつつ、自分のペースで書いていこうと思っています。ここで辞めるのは何か悔しいってのもありますし、今自分が一番無駄に思考を費やしている思考廃棄物を、綺麗に排出しておきたいなと思うわけです。二項対立の図式があったとき、大抵はすっと抜け出して第三の解決策を導き出せるものだと思っていましたが、最近、反例っぽいものがいくつも出てきていて、その思考的な処理で苦戦中。理解しあえない者同士の関係性は「離れる」以外の道を持たないのか?その辺りについて、この一年間、ブログでしっかり考えていきたいなと思ったりします。僕にとって、書いた量は考えた量なのでね。