違うブログ

どこかの誰かが書いたやつとは違うブログのこと

どうして何かをしたくならないのか

書きたいことがないのでもなく、書く時間がないのでもなく、書くのが嫌になったわけでもなく、それでも書けないのは何故でしょう。自分のPCに保存してある記事のバックログを見ると、2020年10月末までは月5,6回ブログを更新していたようです。ではそれ以降何があったのか?原因はこれ!とはパッとは思い出せないけれど、この件について再び10月末に書いている*1のは、何か宿命的なものがある、と信じて書き進めています。

まず心当たりがあるのは試験落第の件。10月末に結果が出る試験があるのですが、去年は落ちました。やるべきことをやっていない人間に遊ぶ資格はないから、僕はブログという遊びを封印したってことでしょうか。自分でもよくわかりません。しかし、遊びを封印したからといって浮いた時間・金銭的資源を勉強に充てられるとも限らないことはわかりました。いつかは受からなければいけないけど、今年は怖くて受けてすらいません。参考書を1分も見ていられないくらいにまで精神状態が悪化していました。我ながらこれはやばいと思いましたね。そう考えると高校までは信じられないくらいの時間を勉強に費やしていました。大学以降は足は動かすようになったけど頭を使わなくなったのかな。

コロナの新規感染者数を振り返ると、2020年10月末頃は首都圏新規感染者数が下げ止まった第三波前の凪に当たります。今こそ心が麻痺していますが、その第三波くらいまでは、感染者数の増減が自分の心理に大きく影響していた気がします。具体的な影響としてはやはり、我慢とか自粛と呼ばれる何かに参画していたけどその効果を実感できない虚脱感でしょうか。それゆえに書けなくなっていったのでしょうか。

あるいは、感染警戒レベルやワクチン接種率に応ずるかたちで出社率が変わることに対して、僕は何か不安を感じているのかもしれません。将来のイメージが描けないから前に進む意欲が起きない、と言うと、何だか情けない気分になります。そもそも誰に対してそんな言い訳がましいことを言っているのでしょうか。

いくら考えても答えが出ません。いっそ昨年10月からの僕の色んな不始末を「全部コロナのせいだ」と片付けてしまえたらどんなに楽でしょうか。でもそう決めつけてしまうと、コロナが終わった後何も変わらなかった場合、僕がただのクズであるという事が決定してしまいます。逃げ道を自分で封じることになる気がして、そう簡単に片付けられなくなっています。

*1:結局書き上げられずに投稿は11月中旬だが。